婚姻の減少とクレーマーと社会の商品化 [雑感]
婚姻の減少とクレーマーの増加は、同じ社会的な構造から生まれているんじゃないのか?
というのが今回の論旨です。
私は「女性の社会進出」という言葉に強く違和感を持っています。
これは女性が家庭の外で仕事をすることを指していますが、
では、家庭の内で育児などをしている女性は社会に参加していないのでしょうか?
この言葉は暗に「労働力を貨幣に変えないと社会に参加していない」と言っていると考えます。
もう少し言うと「社会参加するにはお金を払え」ということ。
以前(私が覚えている範囲で)は、社会参加するには手を貸せば十分でした。
直接に労働力を提供すれば社会参加できていました。
しかし、現在は労働力を貨幣に変えて商品化された社会を購入しないといけない。
そうなっているように感じています。
この社会の商品化が婚姻の減少やクレーマーの増加を生む社会的な構造だと考えます。
結婚は高額商品です。プロポーズの指輪からして給与の数カ月分などと刷り込まれています。
またクレーマーは、それが公共物でも、商品として払った貨幣に見合った満足を
得られるようにする合理的な行動の現れです。
問題は、これらの現象の原因と解決を個人の信念や思考に還元してしまうことです。
婚姻について、私なんかは草食系で情けないとレッテルを貼られます(泣。
クレーマーについても協調性が云々などと言われます。
しかし世の傾向としてこれらの現象が大きくなっているのならば、
その原因は個人ではなく社会的な構造に求められるべきです。
現在の経済は利益至上主義であり、あらゆる事物は商品化・細分化されバラ売りされます。
それと合わせ社会も個人に細分化され、自己責任や合理的行動を求められるようになります。
しかし上のような社会的な課題が生じたときは、原因を個人の責に帰するほかなくなりますが
このアプローチによって解決することはありません。
なぜなら個人の成立はその人の自由意思を認めることであり、アプローチと矛盾するからです。
現在の利益を至上とし全てを商品化する経済では、ますます社会的な課題が生まれてくるでしょう。
人の営みは社会や巷間で行われ、そこでは細分化され孤立できる事物は無いです。
そのような観点から、経済は経世済民の意味に移っていかないとマズいと思うのです。
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